こんにちは。
本日は、タイトルのように移植3回目で念願の!念願の!陽性判定を頂けた日の事を書いていきます。
自覚症状は何もないに等しい(BT1~10の振り返り)
3回目の移植を2022年1月28日(金)に行い、判定日は、BT10の2月7日(月曜日)でした。
BT1~BT10までの自覚症状は目立ったものはありませんでした。陰性だった1回目の移植、化学流産だった2回目の移植の時も身体的な変化はほとんどなかったので、今回もダメなのか…というという思いで過ごしていました。
いよいよ判定日が来てしまった
まずは採血
診察時間は10時。診察の前に採血をする必要があったので、30分前の9時半に受付しました。すぐに採血に呼ばれ、血中hcgの採血です。
頻回に長い事通ってる不妊外来ですので、看護師さんとも顔見知りで、処置室ではたわいのない話をしがちですが、この判定日の前の採血の時だけは、1回目も2回目も事務的な会話のみ。お互いどう接して良いか悩みますよね。看護師として”きっと大丈夫ですよ!”って勇気づけるのも違うし、患者として”ダメかも…”って言うのも違うし。お互いに何も言わないのが無難ですよね。
ここからの待ち時間が長いのよね
採血終了後、診察を待つ時間が長いです。診察時間は10時ですが、時間通りに呼ばれた事はありません。早くて10時半、遅い時は11時ぐらいになります(それでも早いと感じる方もいるでしょう。本当に待ち時間長いですよね)。
診察を待つ時間は、本当に緊張するし心臓に悪い。期待値が高ければ高いほど、緊張度が高いけど、この日の私は意外に冷静でした。
不妊治療を続けてきて、バッドニュースを聞くのにも慣れてしまい、今回も良くはない結果だろう事を予想していたので、無駄な期待は全くしてませんでした。落ち着いて結果を受け入れられそうな気がしてました。自分の努力ではどうにもならない状況だからこそ、バッドニュースは落ち込みが激しくなります。悔しいし悲しい。その落ち込みが激しくならないように、事前に何重にも予防線を張って、自分の中で考えられる最悪を予想して診察室に臨むのが、いつもの習慣になってしまいました。
ついに診察室に呼ばれた!
この日、診察に呼ばれたのは、10時40分頃。判定日は内診はしないので、いきなり診察室に通されます。診察室に入るや否や、
反応出てるよ!
と主治医に言われました。血中hcgの値が検出されたという意味ですが、それは予想していたので特に驚きませんでした。フライングでうっすら線は出ていたので、かすかに着床をしていた事はわかっていたからです。なので、「あぁ、はい」ぐらいの何とも曖昧な返事をした気がします。
そうしたら、机の上に置いてある1枚の紙を私の方に渡してきて、「ほらっ」っと。
200も超えてるし、良い値だね。おめでとう!
と言われ、えぇぇぇ?!?!?!?!?って一気に心拍数が上がりました。頂いた紙には、血中hcg286.6mIU/mlの文字が…。
”反応がある”って妊娠してるって事???
と予想外の先生の発言にうろたえる私。陰性だった1回目、化学流産だった2回目の判定日には、この紙は机の上になかったのです。”陽性”判定だったために、結果の紙を頂けたという事ですよね。
その後、先生から何か言われたような気がしましたが、正直あまり記憶にありません。おそらく、来週に胎嚢が見えるようになるよとか、とりあえず今の所順調だよとか、そんな感じの事を言っていたように思います。表面上は、冷静そうに見えたと思いますが、相当に浮ついてました私。
今回の判定で、陰性だった時に、何を聞こうという事は事前に準備してました。何が原因だと考えられるかとか、次にどんな検査が必要かとか、そもそもまだ不妊治療を続けても望みはあるかとか、貯卵もないから不妊治療辞めようと思ってるとか、望みがあるなら転院したいから紹介状欲しいとか…。先生に聞いてもわからない事まで、聞いてみようかなっと思ってました(笑) でも陽性だった時の事は、考えていなかったので、本当は確認しなければいけない事があったのに、すっかり忘れてしまったんです。
私は、潜在的甲状腺機能低下症があるので、妊娠したら内服しているチラーヂンの投与量を変更しなければなりません。しかし、内科の先生は週1回しか出向しておらず、運悪く次の外来日は祝日で休診。妊娠しても2週間投与量を変えなくても良いかとか、主治医に確認する必要がありました。でもすっかり忘れてしまったんです。浮ついてたから(笑)
家に帰ってきて気づいたので、電話で確認して、無事に翌週の外来予約が取れて、めでたしめでたしです。
診察後もあまり実感がない
診察室から出た後は、看護師さんがお会計のファイルを渡してくれるまで待合室で待つのが、いつもの流れなのですが、しばらく放心してしまい、ボーっとしてしまってました。
良かった!という気持ちと、本当?という気持ちが混在して、あまり実感がありませんでした。自覚症状が全くなかったのと、フライングでハッキリとした自信がなかったのが原因だと思います。でも何はともあれ良かったです。
これで不妊治療を終われるの!?
正直、“妊娠出来て良かった”という感情より、”これで不妊治療から解放されるかもしれない”という喜びの方が大きかったです。
私の不妊治療は、タイミング法、人工授精、体外受精と高度不妊治療まで行いましたが、病院にかかっていた期間としては、1年間ぐらいで、最速でステップアップしました。時間を無駄にしたくなかったのと、結果的にお金も節約できると思ったからです。
しかし、短期集中で行うために色々な事を犠牲にし、色々な物を失いました。一番は、不妊治療中のメンタル状況です。正社員も辞めていたので、お金も職も不安定の状態で、ゴールが来るかもわからず、いつまで続けられるかもわからず、結果が出るのかもわからず、治療もスムーズに行っているわけでもなく、ホルモンの状態で情緒不安定な毎日。そんな中、一番私にこたえたのは、一緒に不妊治療を頑張ってきた親友の妊娠が発覚し、私の嫉妬からその親友と絶好したことです。孤独になり、私の不妊治療を知っている友人はリアルに誰もいなくなりました。未婚のため、一緒に歩んでいく夫はいない、不妊治療をしている事を知らない両親にも言えない(選択的シングルマザーになりたい事は知っています)、派遣の仕事はその日暮らしで、適当な世間話レベルの話しかしない、文字通り孤独でした。毎晩泣いて過ごし、人生で初めて心療内科にもかかりました。何をするにも不妊治療中心の日々で、考えも行動も不妊治療の事だけでした。SNSを見ると、何年も不妊治療に取り組まれてる方がいるのは知っています。そんな方々すると私は1年間程度と期間としては短いですが、間違いなく私の人生で一番辛い1年間でした。
そんな辛かった日々から解放されるのかと思うと、本当にうれしくて、ようやく次のステップに進めるんだ、今後の人生の事を考え始められるんだっというワクワクで一気に視野が開けた気がしました。
38歳と言う年齢は、先の未来に何かキラキラと夢見るには遅いけど、思い出に浸って生きるにはまだ早いんです。今後の人生をどうやって生きていくか考える時期だと思いながらも、この先の私の人生に我が子がいるかいないかで、どこでどういう風に生きるかが全く違う人生設計になる。妊娠したからと言って、無事に出産できる保証はどこにもないし、出産したからと言って、その先まだまだ大変な事がある事もわかりますが、ひとまず、ようやく先を見据えて人生の方向性を定められそうだという気持ちになった事が本当にうれしく、この日は興奮冷めやらぬ日となりました。
まとめ
判定日の1日の様子をまとめようと思ったのですが、最後は何やら人生についても語ってしまい、まとまりのない記事になってしまいました。反省。ただそれぐらい、私の人生において、子供がいるかいないかが重要なんだなと、今まで辛すぎて目を背けていた部分にようやく目を向ける事ができたなという変化の日でした。
不妊治療中の俗に言う”不妊うつ”について、もう少しメンタルが回復したら記事にしたいと思います。本当に辛く、結局は乗り越える事は出来なかったし、親友との事はおそらく一生シコリとして残ると思いますが、それも人生ですね。

